17.好転の兆し

2023年秋。
私は、夏から営業職のしごとを始めていた。
とあるチェーン店の店舗マネージャーだ。

 

 

 

その仕事を得るまで、かなり転々とした。
そんな中、ようやく採用されたことで張り切っていた。




ところが、担当したうちの1店舗は鉄道の高架下に有り、
独特の圧迫感となにか波動の悪さを感じていた。

 

 

 

よくあることだと思うが、人の入れ替わりが激しい。
以前オーナー店だったところではあるが、
私が担当になったときにはなぜか直営店になっていた。

 

 

 

以前の担当の記録を読む限り、
その前オーナーは気が狂ってしまったとしか思えない。
その前オーナーが放った言葉として
「会社が休みをくれないからこんな体になったんだ」とまで、
記してあった。

 

 

 

会社をかばうわけではないが、
休むための方法は用意されていた。
それが使いにくかったとしても、
体調が悪いのを自覚しているなら、
自ら休みを取得しなければならない。

 

 

 

 

仕事と体のどちらが大事か、
判断がつかない人には、オーナーは向いていなかったのではないか。
当時の私はそんなふうに考えていた。

 

 

 

そんな経緯の、
その高架下の店舗は、スタッフ不足が状態化していた。
そのため、私も店舗勤務することが多くなっていた。
圧迫感と波動の悪さ。これが人不足の原因だとさえ思っていた。
できればここで働くのは控えたいと思っていた秋のことである。

 

 

 

体調が悪い。
前日、その店舗で働いたことが良くなかったと感じた。
検査の結果、コロナに罹患していたことがわかった。

 

 

 

悪いことは重なるものである。
私の母方の祖母、父方の祖母。双方とも体調が悪くなっていたが、
ちょうど、私がコロナ療養していた間に、5日違いで相次いで亡くなった。

 

 

 

当然、葬式にもいけない。
さらにXにもコロナが感染ったようだった。
Xは病院にもいけないので、検査を受けなかったし、
市販の検査キットも使わなかった。

 

 

 

2023年でXが外出できたのは、
私がドライブに連れ出したときと、
夏から行き始めた徒歩1分未満の歯医者だけだ。
いつ呼吸が苦しくなるかわからない恐怖は、
長らくXの外出意欲を著しく制限していた。

 

 

 

そんな中、コロナにまで罹患し、
Xは絶望していた。

 

 

 

もうだめだ。
こんなところで人生終わりたくない。

 

 

 

2019年にパニックを起こし倒れて以来、
療養して、私の家に世話になるしかなかった。
ノンデリ発言連発の私の両親。
私も仕事を転々として、
適性にあっているとは思えない仕事でコロナに罹患。

 

 

 

 

このまま自らが立ち上がらなければ、
この家の人に殺される。
のちにXは正直に、そう気持ちを語ってくれた。
あとで思えば、このときのXの決意が、
事態を好転させたのだろう。

 

 

 

 

私も私で追い詰められていた。
コロナから復帰したあと、担当各店舗の問題が、
山積みになっていた。
正直、どの店舗もうまく回らないように思えた。
山盛りの携帯の履歴とメール。

 

 

 

 

非常なビジネスマンに徹して、無理にでも現場を回すのは、
どうみても私の適性にあっているとは思えなかった。

 

 

 

体が重い。
正直に、上司に仕事がつらいと打ち明け、
数日休んだ後に、退職を伝えた。

 

 

 

 

あんなに苦労して職を得たのに、
また仕事をやめてしまった。
Xに申し訳が立たない。

 

 

 

しかし、度重なる転職失敗に、
私はもはや慣れっこになっていた。
転職活動の再起動は、とても早かった。

 

 

 

失敗というのは、
重ねていくと、
ある時吹っ切れるということがあるのかもしれない。

 

 

 

急に元気に転職活動を始め、毎日丁寧に職安に顔を出した。
営業職として、ここ3ヶ月の間に数百人と会っていたので、
すっかり人に会うのが怖くなくなっていた。

 

 

 

それまでの私は、しばらく働けなかったことも有り、
自信を失っていた。そのこともあって、転職活動も、
どこか及び腰だったのだ。転職エージェントとのやりとりも、
どこか消極的になっていたことだろう。
その部分を何度Xにたしなめられただろうか。

 

 


それから1ヶ月立たないうちに、今の職場で採用となった。
職種はもともと2019年まで14年継続していたものに近い。

 

 

 

通勤時間も短く、仕事内容も難易度の高いものではなく、
人間関係もよい。
給与も希望に近い金額。
異常とも言えるほど自分にフィットしていた。

 

 

 

 

びっくりするぐらいに良い転職をすることができた。

 

 

 


コロナ罹患を契機にいろんなことがあったが、
結果として、非常に良かった。
また、この転職を成功させられたのも、
苦手な営業職に3ヶ月飛び込んで、人に慣れたからでもある。

 

 

 

あまりにも良い転職になり、
働き始めたあとも、その好転ぶりにしばらく戸惑っていたほどだった。

 

 

 

Xも驚いていた。
ここ4年間いいことなんてほとんどなかった。
お金も、健康も、人間関係も非常に厳しかった。

 

 

 

こうした私の仕事上の変化は、
Xにある考えをもたらした。
「この世の中に意味がないことなんてないのではないか」
「だとしたら、自分が苦しんできたことにも、
もしかしたら意味をもたらすことができるかもしれない」

 

 

 

 

もしかしたら、人生最大の不運の流れが、
いよいよ終わってきたのではないか。
そう思えた。